判断したあとに苦しくなる理由/「これで良かったのか?」が消えないとき
訪問鍼灸の現場で、
判断そのものは間違っていないはずなのに、
あとから苦しくなることがあります。
延長を断った。
頻度の希望に応えなかった。
線を引いた。
離脱を選んだ。
判断としては妥当だった。
むしろ、今まで積み上げてきた基準に沿っている。
それなのに、
あとになって頭に浮かぶのは、
「冷たいと思われたかな」
「もう少しやりようがあったかも」
「本当にあれで良かったのか」
という感覚。
この苦しさは、
判断が間違っているから生まれるわけではありません。
多くの場合、
判断した“あと”に起きる心の動きが整理されていないだけです。
この記事では、
・なぜ正しい判断のあとに苦しくなるのか
・その感情はどこから来ているのか
・どう扱えば引きずらずに済むのか
現場の感覚をもとに整理していきます。
判断と感情は、別々に動いている
まず整理しておきたいのは、
判断と感情は別物だということです。
判断は、
- 制度
- 身体状況
- 継続性
- リスク
といった「事実」をもとに行うものです。
一方、感情は、
- 嫌われたくない
- 冷たいと思われたくない
- 評判が気になる
- 本当に困っていたのではないか
といった、関係性や評価への反応です。
判断が正しくても、
感情が苦しくなることは普通にあります。
ここを混ぜて考えると、
「判断が間違っていたのでは?」
と誤解しやすくなります。
「これで良かったのか?」が出てくる正体
判断後に苦しくなるとき、
頭に浮かぶのはだいたい決まっています。
- 相手はどう思っただろう
- 他の人ならどうしていただろう
- もう少し柔らかくできたかも
- 次は断られるかもしれない
これは、
判断の是非を検討しているようで、
実は「自分の評価」を気にしている状態です。
つまり苦しさの正体は、
判断そのものではなく、
人間関係の揺れです。
評判・嫌われたくなさ・役割意識
訪問の現場では、
施術者は「断る側」になりやすい。
そのとき、
- 嫌われたらどうしよう
- 評判が落ちるのでは
- 仕事として失敗なのでは
こうした思考が入り込むと、
判断後の苦しさが強くなります。
特に、
- まじめな人
- 責任感が強い人
- 長く関係を築いてきた人
ほど、この感情は出やすい。
これは弱さではなく、
人として自然な反応です。
判断を「正当化」しようとすると、余計に苦しくなる
判断後に苦しくなると、
つい自分の判断を正当化したくなります。
- 制度的に仕方ない
- 身体のため
- 他の人もそうしている
でも実は、
正当化を繰り返すほど、
感情は落ち着きません。
なぜなら、
感情は理屈で納得しないからです。
・判断は合っているのに、なぜ罪悪感や引っかかりが残るのか
→「なぜ正しい判断をしているのに、罪悪感が残るのか」
苦しさをゼロにしようとしなくていい
大事なのは、
判断後の苦しさを
「消そう」としないことです。
- 苦しくなるのはおかしくない
- 人と関わっている以上、揺れる
- 苦しさ=判断ミスではない
こう捉えられると、
感情は自然に収まっていきます。
判断できたこと自体を、
まず事実として認める。
それだけで十分です。
判断後に回復できる人がしていること
判断後に引きずらない人は、
共通してこう考えています。
- 判断は判断
- 感情は感情
- 今日は今日は
一度切り分けて、
翌日に持ち越さない。
「また明日、いつもの関わりを続ける」
それだけで、
関係は少しずつ整っていきます。
まとめ
判断したあとに苦しくなるのは、
判断が間違っているからではありません。
多くの場合、
- 人との関係
- 評価への不安
- 役割意識
が揺れているだけです。
判断と感情を切り分け、
苦しさを無理に消そうとしない。
それが、
現場を長く続けるための
現実的な向き合い方です。
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