訪問鍼灸で判断が伝わらない理由
――説明しても分かってもらえない構造
はじめに
訪問鍼灸の現場で、
「ちゃんと考えて判断しているのに、なぜか伝わらない」
そう感じたことはないでしょうか。
時間、頻度、延長、距離、線引き。
施術者側では理由も基準も整理できている。
それなのに、
- 冷たい
- 融通がきかない
- 前はやってくれたのに
そんな反応が返ってくる。
このとき、多くの施術者は
「説明が足りなかったのかもしれない」
と考えます。
でも実際には、
説明不足が原因ではないことがほとんどです。
結論から言うと
訪問鍼灸では、
判断は「説明」で伝わっていません。
相手が見ているのは、
- 何を言ったか
ではなく - 自分はどう扱われていると感じたか
です。
だから、どれだけ丁寧に説明しても、
判断が「冷たい」「一方的」と受け取られることがあります。
なぜ説明してもズレるのか
患者は「判断の正しさ」を見ていない
施術者は、
- 制度
- 身体状況
- リスク
- 継続性
を考えて判断しています。
でも患者側は、
その思考過程を評価していません。
見ているのは、
- 自分は大切にされているか
- 見捨てられていないか
- 後回しにされていないか
つまり、感情の安全性です。
関係ができる前の説明は、拒否に聞こえる
信頼関係が十分でない段階で理由を話すと、
説明は「納得」ではなく
「拒否」や「言い訳」に聞こえます。
関係性が整っていない状態では、
正しい説明ほど距離が開くこともあります。
説明は、期待を上書きできない
患者側には、無意識の前提があります。
- 前の人はやってくれた
- 困っているのだから当然
- お金を払っている
- 家族がそう言っていた
これらの期待は、
説明では簡単に消えません。
むしろ説明することで、
「期待を否定された」と感じさせてしまうこともあります。
判断が伝わらなかったと感じたあと、
自分の判断そのものを疑ってしまうことがあります。
でも苦しさの正体は、
判断ではなく「判断したあとの感情」にあることも多いです。
→ 判断したあとに苦しくなる理由/「これで良かったのか?」が消えないとき
では、どうすれば「大事にされている」と伝わるのか
ここが一番大事なところです。
相手を大事にしていることは、
判断や説明では伝わりません。
それは、
日常の関わりの積み重ねでしか証明できない。
相手を大事にしていると伝わるのは、こういう場面
患者が見ているのは、
判断よりも日々の小さな関わりです。
- 前回話していた家族のことを覚えている
- 子供や孫の話を気にかける
- その人が大事にしているものを大事に扱う
- 昨日より表情が重いことに気づく
- 痛みだけでなく「しんどさ」に反応する
こうした積み重ねがあると、
多少厳しい判断でも、こう受け取られます。
「この人は、私を見た上で判断している」
興味を持つことと、迎合することは違う
相手に興味を持つことと、
相手の要求をすべて受け入れることは別です。
- 話は聞く
- 価値観は尊重する
- でも判断は曲げない
このバランスが取れていると、
関係は壊れにくくなります。
逆に、
判断で「大事にしていること」を示そうとすると、
- 延長する
- 無理を聞く
- 例外を作る
といった形になりやすく、
結果的に関係が歪みます。
判断は「関係の中」でしか意味を持たない
判断そのものが冷たいわけではありません。
- 日常の関わりがない
- 信頼の土台がない
その状態で出される判断が、
冷たく感じられるだけです。
日々の関係の中で
「大事にされている」という感覚があれば、
- 延長しない
- 頻度を変えない
- できないことを断る
これらも、自然に受け入れられます。
まとめ
判断が伝わらないと感じたとき、
施術者は説明を増やそうとしがちです。
でも見直すべきなのは、
説明の量ではなく、日常の関わり。
相手を大事にしているかどうかは、
判断の内容では決まりません。
判断に至るまでの、普段の関係で決まる。
それが、
訪問鍼灸の現場で起きている構造です。
※ これは伝え方の問題というより、
判断の立ち位置そのものがズレている可能性があります。
→ 在宅鍼灸で悩みが消えない理由|あなたが詰まっているのはどこ?
次に読む記事(迷ったときはこちら)
- 判断をどう伝えるか迷ったとき
→「訪問鍼灸で『判断』をどう伝えるか|関係を壊さないための考え方」 - 期待や前提がズレたとき
→「訪問鍼灸でズレが生まれる理由――「期待・前提・役割」が食い違う瞬間」 - 判断基準そのものを整理したいとき
→「訪問鍼灸の判断基準|延長や頻度の相談で迷わない手順」
