整骨院雇われ院長のヒヤリハット|「大丈夫」を自分が引き受けかけた判断(脳梗塞)
この記事を読む理由
訪問・外来・在宅で人を診ている人へ。
これは、技術や知識の不足で起きた話ではありません。
「結果は正解だったのに、後から背筋が冷えた判断」についての記録です。
- 誰のための記事か
→ 患者対応の“判断”を日常的に引き受けている支援者・施術者 - 何のための記事か
→ 判断を自分が持ちすぎる事故を、未然に止めるため
これは、**駆け出しの頃(約15年前)**の話です。
今なら同じ判断はしませんが、
当時の自分の思考と条件を、そのまま書きます。
事例の概要
- 83歳女性
- 整骨院勤務時代の常連患者
- 主訴:「今日はなんか、しんどいねん」
- 外傷・明確な疼痛なし
この一言を聞いた瞬間、
頭の片隅で**TIA(⼀過性脳虚血発作)**がよぎりました。
来院時の所見
その場で確認した内容です。
- 血圧:正常
- 上肢・下肢の運動:左右差なし
- しびれ・感覚異常:なし
- 温痛覚:左右差なし
所見としては、異常なし。
その場で起きていたこと
患者さんは不安そうでした。
そして、自分の中にははっきりとした衝動がありました。
- 不安を和らげたい
- 「大丈夫」と言ってあげたい
この時点で、
判断が静かにズレ始めていました。
結果として起きたこと
その日は帰宅。
後日、家族が違和感を感じて病院を受診。
脳梗塞が見つかりました。
結果論で言えば、
自分の所見が直接の原因ではありません。
それでも、
この出来事は強く残りました。
何が一番ヒヤッとしたのか
このケースで冷えたのは、
- 技術不足
- 知識不足
ではありません。
**「その判断を、自分が持とうとしていたこと」**です。
本来この場面で必要だったのは、
- 診断
- 安心の保証
ではなく、
**「判断を医療につなぐ役割」**でした。
役割を越えた判断
今振り返ると、
自分は無意識にこう処理しかけていました。
- 異常がなさそう
- だから大丈夫だろう
- なら、自分が判断していい
これは、
正誤以前の問題です。
正解だったかどうかではなく、
その判断を自分が持ってよかったのか。
このヒヤリから固定したルール
この経験以降、決めています。
- 「なんとなくしんどい」は軽く扱わない
- 所見が揃っても、判断は自分で完結させない
- 自分の役割は「止めること」「つなぐこと」
治す判断より、
引き受けない判断の方が重要な場面がある。
まとめ
現場で一番危ないのは、
「大丈夫かどうか」を
自分が引き受けてしまうこと。
技術の話ではありません。
結果の話でもありません。
役割の話です。

