訪問鍼灸で終末期に介入を控える判断|本人の希望だけで決めない
訪問鍼灸の現場では、長く関わってきた方ほど、終える判断が難しくなることがあります。
本人が「来てほしい」と言っている。
家族も関係を大切にしてくれている。
これまで回復の時期も見てきた。
そういう関係があるほど、「最後まで関わった方がいいのではないか」と考えやすくなります。
ただ、終末期に近い場面では、本人の希望があることと、今その介入を続ける意味があることは、必ずしも同じではありません。
この記事では、訪問鍼灸で終末期に介入を控える判断について、本人の希望だけで決めず、家族・施設・ケアの流れを含めて整理する考え方をまとめます。
この記事で避けられること
この記事では、
- 本人の希望がある限り、介入は続けるべきだと思い込むこと
- 長く関わってきた相手ほど、やめる判断が遅れること
- もうできることが少ない場面で、関係性だけで介入を続けてしまうこと
を避けるための判断を置いています。
終末期に近い場面では、本人の希望を軽く扱うわけではありません。
ただし、本人が望んでいることと、今その介入が支援として意味を持つことは分けて見る必要があります。
訪問鍼灸の判断全体を整理したい方は、以下の記事も参考にしてください。
訪問鍼灸の判断基準まとめ|延長・キャンセル・関係性で迷ったときの手順
誰向けか
- 訪問鍼灸をしている人
- 終末期の利用者に関わる訪問看護、介護職の人
- 本人の希望と、支援としてできることの線引きに迷う人
- 長く関わってきた相手への介入を終える判断に迷う人
現場の前提
長年関わってきた患者さんの話です。
もともとは、私が分院長をしていた頃から関係のある方でした。
その後、訪問で開業してからも、また来てほしいという依頼があり、伺うことになりました。
最初は自宅で施術していましたが、病気で入院し、一時はもう関わることはないかもしれないと思っていました。
その後、意識が回復し、施設に入ることになった際に、本人やご家族から再び来てほしいという話があり、施設の許可も得て、訪問を再開しました。
再開当初は、歩行も、ベッドから車椅子への移乗もできない状態でした。
そこから、上肢や体幹の廃用を防ぐような介入、介助が少しでもしやすくなるような股関節可動域への介入、そして鍼灸施術を続けていきました。
本人の回復力もあり、半年ほどすると、介助ありで10メートルほど歩けるくらいまで戻ってきました。
しかし、その後、腰の強い痛みが出現し、受診につないだ結果、癌の骨転移が分かりました。
そこから状態は少しずつ下降し、最終的には意識も朦朧とする時間が増えていきました。
訪問鍼灸で身体を見る前に、生活や状態の変化をどう見るかについては、以下の記事でも整理しています。
起きたこと
状態がかなり落ちてからも、本人は最後まで、
来てほしい
という要望を持っていました。
意識がはっきりしない時間が増えても、私が来ること自体は望んでいるように見えました。
ただその時点では、施設でのケアもかなり濃くなっており、ご家族も含めて、日々の支援の中心はすでに別のところに移っていました。
そこで施設やご家族とも相談し、自分がこの場面でできる介入は、もうかなり限られていること、むしろタイミングや関わり方によっては、ケアの邪魔になる可能性もあることを確認しました。
そのうえで、本人の要望はありましたが、鍼灸施術を終える判断をしました。
その後、しばらくして亡くなられました。
本人・家族・施設の視点を分ける考え方は、以下の記事でも整理しています。
違和感|判断が必要だった場面
この時に難しかったのは、本人が望んでいないからやめる、という単純な話ではなかったことです。
むしろ逆で、
本人は来てほしいと言っている。
でも、それでもやめる判断が必要な場面がある。
ということでした。
長く関わってきた人です。
回復してきた時期も見てきた。
関係もある。
だからこそ、こちらも、
最後まで関わった方がいいのではないか。
本人が望むなら行くべきではないか。
と考えやすいです。
でも、その時に見るべきなのは、要望の強さだけではありません。
今その介入に、実際の意味があるか。
介入することで、本人や周囲に利益があるか。
そこでした。
判断したあとに苦しくなる理由については、以下の記事でも整理しています。
訪問鍼灸で判断したあとに苦しくなる理由|罪悪感と迷いを分ける
減らせる判断
来てほしいと言われることと、続ける意味があることは同じではありません。
訪問では、本人の希望が強いほど、こちらも関係を切りにくくなります。
特に長く関わった相手では、
- ここまで来たのだから
- 最後まで見た方がいいのではないか
という感情も出やすいです。
ただ、終末期では、関わることそのものが価値になる場面もあれば、逆に、支援の流れを増やしすぎることで負担や混乱になる場面もあります。
その時に必要なのは、本人の要望を無視することではありません。
その要望に応えることが、今この場面で本当に利益になるかを見ることです。
- できることがもう少ない
- 他のケアが中心になっている
- 介入の意味より、介入によるずれの方が大きい
そういう時は、続ける理由より、やめる理由の方が重くなります。
善意や関係性で判断を引き受けすぎる構造については、以下の記事でも整理しています。
今ならどうするか
今なら、終末期に近い場面で本人から要望があっても、まず見るのは「来てほしいかどうか」だけではありません。
- 今の介入に、具体的に何ができるのか
- その関わりが、本人にとって利益になっているか
- 施設や家族のケアの流れを乱さないか
- 続けることで安心が増えるのか、負担が増えるのか
このあたりを、本人の意思、家族、施設の視点を分けて整理します。
そして、もう自分の役割が薄くなっているなら、関係があることとは別に、介入は終える判断をします。
終わることは、見捨てることではありません。
その場での役割を返す、という方が近いと思っています。
判断をその場で決めすぎない考え方は、以下の記事でも整理しています。
まとめ
このケースで残す判断は1つです。
本人が来てほしいと言っていても、介入を続ける意味がもう薄いなら、やめる判断はある。
訪問では、要望があることと、支援として意味があることが、ずれる場面があります。
長く関わった相手ほど、やめる判断は重くなります。
でも、関係があることだけで続けると、役割の線が曖昧になります。
だからこそ終末期では、本人の希望だけでなく、今その介入が本当に必要かを見直す必要があります。
関連記事
終末期・役割の線引きで迷ったときに読む
- 訪問鍼灸で事故が起きる理由|技術より判断がズレるとき
- 訪問鍼灸でその場で決めない理由|条件負けしない判断の戻し方
- 訪問鍼灸でズレが生まれる理由|期待・前提・役割の食い違い
- 介護保険外の訪問施術者はどこまで関わるべきか|ケアマネから見た入り込みすぎのライン
判断・例外対応で迷ったときに読む
- 訪問鍼灸の判断基準まとめ|延長・キャンセル・関係性で迷ったときの手順
- 訪問鍼灸で判断したあとに苦しくなる理由|罪悪感と迷いを分ける
- 訪問鍼灸で今回だけが事故につながる理由|例外対応の判断ミス
- 訪問鍼灸で判断をどう伝えるか|関係を壊さないための考え方
家族・施設・連携で迷ったときに読む
- 訪問鍼灸で本人の訴えをそのまま判断に使わない理由|家族への不満をどう受け取るか
- ケアマネが読みやすい報告書とは|訪問鍼灸で伝えるべきこと
- 訪問鍼灸のケアマネ連携|報告・共有・距離感でズレないために
- 介護現場から見た訪問鍼灸まとめ
終末期の介入判断で迷っている方へ
訪問鍼灸では、本人の希望、家族の思い、施設のケア、施術者自身の感情が重なり、判断がブレやすい場面があります。
特に終末期に近い場面では、「来てほしい」と言われていることと、介入を続ける意味があることを分けて考える必要があります。
公式LINEでは、無料特典「訪問鍼灸で判断がブレた時に先に見る1枚」を配布しています。
本人の希望、終末期の介入、家族・施設との連携、役割の線引きで迷いやすい方は、まず無料特典を受け取ってみてください。

